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その人との出会いは突然で、でも当たり前のように現れた。朝、いつものように第九に行くと
「新人のカワイです。よろしくお願いします。コーヒーをお入れしますので、コップをいただけますか?」
と若い女の人が笑顔で言った。あまりに美人なので、見とれてしまった。新人?
でも、人との会話から35歳だと聞いて驚いた。年上!? そう見えないけど…。
薪さんから
「おまえ、カワイさんの新人研修をしろ」
と言われた。新人研修…前の天地のことが甦る。あんな思いはもう二度としたくない! ましてやこんな美人な…泉ちゃんをつらく悲しい目に遭わせたくない!
「薪さん…なにを教えたらいいんでしょう?」
「なにって…聞くまでもないだろう。イチからジュウまで。お前の知っていること全部だ」
全部…。それは結構幅広いと思われた。とりあえず、少しずつ覚えてもらうことにしよう。
「じゃあ…泉ちゃん」
ためらいながらも話しかけた。
「今日はウチの一日の流れを確認して、明日からMRI装置の使い方や画像の見方なんかを覚えていってもらうのでいいですか?」
気さくな笑顔で答えてくれるけど、年上の人なのだから、俺は敬語を使った。
「出かける?」
薪さんが出かけようとすると、泉ちゃんがそれを停止した。
「出かけるなら…そうですね…」
泉ちゃんは室内をざっと見渡し、
「岡部さんか青木さんを同行させてください」
と言った。
「は? なんで?」
薪さんが驚いたように問い返した。…薪さんはそういうのを嫌がると思う。
「ボディーガードです。所長なら必要でしょう」
俺はハラハラしながら二人の会話を聞いていた。薪さんは結構短気だ。女性に対しても容赦なく怒鳴るから、泉ちゃんにも怒鳴るんじゃないかとヒヤヒヤした。
「岡部さんは…手が離せないようなので、青木さん、お願いします!」
俺の腕をつかんで、薪さんと一緒に室外に放り出されてしまった。
「なんなんだ、なんなんだ、あいつは!」
薪さんは怒り狂っていた。薪さんの性格からいっても、ああやって頭ごなしに指示されるのなんか、許せないのだろう。
「おまえ、新人研修するんだろ! なんとか言えばいいのに!」
「薪さん、まあまあ」
こういう場合、なだめるしかない。俺はなんとかして薪さんが泉ちゃんを認めてくれないかと思ってしまった。
「あいつは上司をなんだと思ってるんだ! ムカつく!」
「でも、泉ちゃん…ちゃんともうみんなの顔と名前覚えて、一生懸命にやってますよ…」
ひたすらフォローした。だけど、薪さんは
「…おまえは気に入ったみたいだな…」
と、余計にふてくされてしまった。
薪さんは俺の上司であり、尊敬する人であり、崇拝する人であり…特別な人だった。できたら、二人が仲良く仕事をしてくれたらいいのにと願わずにはいられなかった。今までも、第九には何人も入ってきたけれど、半数はMRI捜査に合わないと言ってやめ、残り半数は薪さんと合わないと言ってやめていった。泉ちゃんがMRI捜査に向いているかどうかわからないが、できたら、一緒に仕事をしたい。薪さんが彼女をどれだけ受け入れるかが問題だった。
薪さんは、俺のことを好きでいてくれる…と俺は思っている。それはちょっと自己過信かもしれない。だが、俺の希望を通して第八管区から東京に戻してくれた。それは俺と一緒に仕事をしていいと思ってくれている証拠だ。
薪さんを待って、一緒に警視庁から帰るとちょうど三時過ぎで
「警察庁では三時から休憩タイムなんです」
といって、みんなに飲み物とお茶菓子…総務でもらったという…を配っていた。
俺たちには
「お帰りなさい、薪さん、青木さん」
と笑って言った。「お帰りなさい」…なんだか胸にしみた。まるで家に帰ったかのような気分になる。薪さんは無視して室長室に入っていってしまったけど、俺は
「ただいま」
と言った。なんだか気恥ずかしかった。